No. 350 (Mon)
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Date 2008 ・ 11 ・ 17

人生の時計は、一度しかネジを巻かない

人生の時計は、一度しかネジを巻かない。

その針がいつ止まるか、遅れるか、

それとも、もっと早くか、誰も知らない。


今だけがあなたの時間だ。

生きよ、愛せよ、心をつくして働け。

明日があると思ってはならない。


何故なら、その時、人生の時計は、

止まっているかもしれないから




-山田俊夫「生きがいのある人生」-

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No. 359 (Wed)
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Date 2008 ・ 11 ・ 12

四季に擬えると

人の一生を四季に擬えてみると、春は生命の誕生から21歳までの、成長、分化、発達過程での成長期。夏は22歳から42歳までの、学習して成長、開花、結実のプロセスをたどる青年期、秋は外的に伸びやかだった成長が止まり、内的になってゆく43歳〜63歳までの中年期。冬はより人間の本質に目を向けるようになる64歳から83歳までの老年期、ということになるようです。生まれた時期によって、性質的にもその季節の影響が反映するという捉え方です。

春生まれが幼い、冬生まれが老成しているということではなく、単に、エネルギーの向け方が違うのです。たとえば、私は自分が自由人だと自負していますが、それは、春生まれだからという捉え方もできるかなと思います。その内面の自由さを内に秘めたり妥協するということができず、在りのままでありたいと願い、そうでないと生きた心地がしないのです。特に私の生まれた5月中旬頃の人生のサイクルは、子供特有の受け入れ難い汚れや恥から解き放たれて成熟に向かう思春期に当たるよう。特にこの頃の成長過程の人間は、エネルギーを内ではなく外に向かって放出しています。だから、内的に抑圧なく解き放たれていないければ、生きた心地がしないのかもしれませんね。自分の性質をそういう視点で捉えてみるのも面白いなと思います。

話は変わりますが、秋が何故、芸術と食欲の季節かというと、深まりゆく景色のように、人生を夢中で走ってきた時期が落ち着き、やっと一段落して景色を楽しむ余裕が出てくる時期(季節)だからなのかもしれませんね。
つれづれ・・・ // コメント(-) // トラックバック(-) // Top

No. 356 (Sat)
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Date 2008 ・ 11 ・ 01

君が今いるところは

君が今いるところは
気に入っても
気に入らなくても
今の君にとって適(ふさわ)しいところ


もしも、君が変われば
変わった君に
より適わしいところが
与えられる

君は変わりたいかい?

大切なのは
このままでよいかどうかではなく
君がどうしたいか

- 葉 祥明 -

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No. 354 (Sat)
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Date 2008 ・ 10 ・ 25

クレーの天使  谷川俊太郎+谷川賢作

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「天使まだ手探りをしている」

わたしにはみえないものを
てんしがみてくれる
わたしにはさわれないところに
てんしはさわってくれる

わたしのこころにごみがたまっている
でもそこにもてんしがかくれてる
つばさをたたんで

わたしのこころがはばたくとき
それはてんしがつばさをひろげるとき

わたしがみみをすますとき
それはてんしがだれかのなきごえにきづくとき
わたしよりさきに

わたしにもみえないわたしのてんし
いつかだれかがみつけてくれるだろうか




「幼稚園の天使 」

かごめかごめのわのなかに
てんしがいた

おとなになっておもいだしたとき
もうてんしはいなかった
どこにも

いのりたかった
だれにむかって?
あいしたかった
どうやって?

なづけることのできないこころに
もみくちゃにされ
だれがすきか
なにがきらいかも
わからなくなったとき

あくまがやってきた
ほほえんで


 

「おませな天使」

うたがうことばかりしっていて
しんじることをしらなかった

きずつくまいとして
あいするものからめをそらし
かぎりないそらをみて
かぜにゆれるきぎをみて

おおむかしをゆめみて
かえることのできるほらあなをさがした

だがいつもあっというまに
きょうはあすになり
あすはきのうになり

あたらしくうまれてくるものたちだけが
つかのまてんしのすがたして
みえないつばさではばたき
こころのくらやみをふきちらした

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No. 351 (Sun)
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Date 2008 ・ 10 ・ 19

ダンデライオン(動画あり)

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優ちゃんと高橋ヨーコさんのコラボに興味の写真集
優ちゃんの『ダンデライオン』は すっぴん写真集というだけにオールすっぴん
旅の女三人 カメラマン 高橋ヨーコさんとスタイリスト タンナイミサさんも
すっぴんだったとか 優ちゃんは むしろすっぴんの方が優ちゃんらしいと思う
雪の純白さにも同化したすっぴん天然素材の優ちゃん


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唯一持ってる ヨーコさんの写真集
『かもめ食堂』や 『めがね』の写真も好き



優ちゃんとヨーコさんのシベリアの旅 魅力的 シベリア鉄道乗ってみたいなー 
二人の飾らないすっぴんトークがいい 優ちゃんの笑顔にも癒されるわ
(映像あり)

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No. 96 (Mon)
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Date 2008 ・ 10 ・ 13

絆 

人と人との絆は、信頼で成り立つもの
そう実感することが、いくつか有りました。
地深く伸びた根で繋がった 木々の如き
かけがえのない絆もあれば、
風を受け、いともあっけなく散りゆく花びらのように
儚きものへと姿を変えていく関係もあります。

そんな時、思うのです。  

儚き縁(えにし)が教えてくれたもの・・
現世(うつしよ)は常世(とこしよ・永遠)ではなく
すべては無常に移りゆくものだと・・・。

時は決してとどまらず、とどまっているのは人の想いだけ。
流れゆく時に、ただ、こころ委ねているうちに
ゆるやかに軽やかに、癒されていることに気付きます。

こころの土壌に、たくさんのビタミンを与えて
かけがえない絆、芽生えたばかりの新芽のような縁を
大切に育みたいと思うのです。





追記  

これは2年前に一時期、アップしていた詩です。
こんなこと書いたなぁー と懐かしくなりました。そのときの自分の心境がよく分ります。

ただ、ときの流れに こころを委ねてみる・・・どんな感情も、ゆるやかに時の流れは癒してくれる。それも必要だと実感したことを想い出します。とどまっている・・・・とは、「心の停滞」のことです。すべては無常に移りゆくもの・・・それは、「循環の法則」に繋がりますが、散りゆく花びらに儚さを感じながら、栄養を与えてまた美しい花を咲かせようという再生の想いは手放していました。

委ねるとは、一旦、時の流れにあるがままの想いを預けること。でも、時はその想いを消してくれるのではなく、いつか自分で解決するべきものとして、心の奥の扉の向こうへそっとしのばせておいてくれるのです。なので、自分のなかで眠っているだけで、解決されていない感情として、心の奥にまだ存在しているのです。 その扉は自動ドアです。また似たような出来事があれば、いつでも自動的に扉は開き、眠っていた感情を瞬時に繰り返し再現するのです。
あの頃は、理解っていても、自分の内面を見つめるのが怖かった。だから、感情を委ねたことで完結していました。今は、やっと ほんとうの意味での手放すということを、綴ることができるようになった気がします。

 

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